磁石を近づければ、離れたところのものに力を及ぼせる。では、磁石そのものを置けないほど小さな場所へ、必要な瞬間だけ磁場を作れたらどうだろう。
配線をそこまで引く代わりに、光を当てる。普段は磁石ではない材料の中で、電子を動かし、その流れに磁場を作らせる。
コーネル大学の研究者たちが示したのは、そんな仕組みの理論提案だ。持続時間は約300フェムト秒。日常の時計では短すぎて実感がわかないが、光や電子が動く世界では、無視できない長さになる。大学による紹介
すぐに新型の記憶装置が買える、というニュースではない。小さな世界へ働きかける「手の出し方」が、一つ増えるかもしれないという話だ。
まず、電磁石まで戻ってみよう
理科で、釘に導線を巻いて電池につないだことがあるだろうか。電流が流れると、周囲に磁場ができる。コイルは、その働きを使いやすくする形だ。
今回も、電荷が動いて磁場を作るという基本は同じ。ただし、小さなコイルを工場で巻いて持ってくるのではない。材料の中にいる電子を光で動かし、その動きに輪のような流れを作らせる。
この違いが面白い。電磁石なら電線のある場所で作っていた磁場を、光が届く小さな場所で作る発想になる。もちろん「光ならどこへでも、好きな形で必ずできる」と確認されたわけではない。今回は、そのための細かな構造を設計し、計算で確かめている。
光を入れたあとで、部屋の性質を変える
研究で使うのは、ゲルマニウムという半導体を細かく並べた表面だ。光を扱うように作り込んだ薄い構造を、メタサーフェスと呼ぶ。
ここへ、まず赤外線の光を入れる。構造の中で光が強められている間に、別の短いレーザーパルスを当てる。すると材料の内部に、自由に動ける電子と、電子の抜けた穴が生まれ、光に対する材料の性質が急に変わる。
ガラスへ入った光が曲がるときは、光が「性質の違う場所」へ移っている。今回は、光が通っている最中に「その場所の性質」が変わる。この時間方向の切り替えが、時間界面と呼ばれるものだ。Advanced Science掲載論文
たとえるなら、部屋へ入ってきた波に対し、波の途中で部屋の条件を切り替える感じだ。光を停止ボタンで止めるわけでも、材料から電子を空中へ撃ち出すわけでもない。材料の内部で起きる変化である。
その結果、光のエネルギーの一部が、電子の循環する動きへ回る。輪のような電流ができれば、そこに磁場が生じる。研究者たちが狙っているのは、この流れだ。
300フェムト秒は、何もしないうちに終わる時間なのか
1フェムト秒は、1秒の千兆分の一。300フェムト秒は0.0000000000003秒だ。人間の感覚で見れば、確かに一瞬にも届かない。
でも、短さの意味は、何を相手にするかで変わる。野球のボールを動かすには短すぎても、光の振動や電子の動きを扱うなら、その間に変化が進む。
コーネル大学は、この持続が研究で扱う赤外線の振動約20周期分に当たると説明している。人間にとっての「短すぎる」と、対象にとっての「何もできない」は同じではない。音楽の一拍を人の一生と比べても、曲の中での役割が分からないのに少し似ている。
ただし、磁場が永遠に残るわけではない。電子の流れは材料中の散乱などで弱まり、磁場も消えていく。約300フェムト秒という値も、論文が置いた材料の条件に基づく計算結果であり、どんな材料でも同じ長さになるわけではない。
消える磁場なのに、なぜ情報技術につながるのか
「磁気」と聞くと、ハードディスクのように情報を保存する装置を思い浮かべるかもしれない。しかし、情報を残すことと、情報を書き換えるために一瞬働きかけることは、別の役割だ。
スイッチを押す指は、ずっとスイッチの上に残っている必要はない。同じように、短い刺激で別の状態を変えられるなら、刺激そのものが長く残らなくても使い道が生まれる。今回の磁場が、そのような操作へ結びつくかが、今後の研究になる。
実際、レーザーの短いパルスで磁性体の向きを反転させる研究は以前からある。2020年のScientific Reportsの研究では、Tb/Coという材料を組み合わせた構造で、光による磁化反転を実験している。先行する光磁化反転の研究
ただし、それと今回の研究をつなぎ合わせて「光だけで書き込むメモリーが完成した」とは言えない。今回示されたのは、磁性材料や外部の磁石に頼らず、局所的な磁場を作る方法の計算だ。その磁場で何を、どれほど確実に操作できるかは、次の段階にある。
電子の電荷だけでなく、磁気的な性質も情報処理に使う分野をスピントロニクスという。そうした小さな部品へ、速く、狭い範囲で働きかける方法として、研究者は可能性を見ている。
新しいのは、強大な磁石を作ったことではない
この研究の面白さは、冷蔵庫へ貼れる磁石が光から生まれたことでも、MRIを小さくできたことでもない。
物を置いて制御していた場所に、光と時間の組み合わせで働きかける。光を入れるだけでなく、入っている途中の材料を切り替える。そう考えると、部品の設計に使える自由度が一つ増える。
まだ、設計どおりの構造を作り、磁場を測り、繰り返し使えることを確かめる仕事が残っている。その先にどんな装置ができるかも、今は決まっていない。
それでも私は、こういう研究に惹かれる。完成品の形がまだ見えなくても、「そこには手を出せない」と思っていた場所へ、別の手を差し込めるかもしれないからだ。
磁石を置くのではなく、光で一瞬だけ働きかける。その小さな違いが、未来の部品の作り方を変えることがある。今回は、その入口が見えたニュースとして受け取りたい。
原研究は解析と電磁シミュレーションによる提案で、完成デバイスの実測報告ではありません。掲載論文:Rawatほか、Advanced Science、DOI 10.1002/advs.76635。確認日:2026年9月7日。


