「つくりたい」が育つ場所を残す。生成した概念映像です。筆者の家族や学校を撮影したものではありません。
中学生の息子が、学校から持ち帰ったChromebookでゲームをつくっていた。自分でコードを書いているのかと思ったら、Geminiに頼んでいた。
「そんなこともできるのか」と感心する一方で、私は少し心配になった。もともとプログラミングに熱意を持っていた子だ。苦労しながら仕組みを理解する面白さより、「頼めばできる」が先に来たら、自分でつくろうとする気持ちはどうなるのだろう。
息子が実際にその意欲を失ったわけではない。これは、そうなる可能性を私が心配した、わが家での出来事だ。
その端末ではChatGPTへのアクセスが制限される一方、Geminiは利用できた。学校へ相談すると、家庭で使い方を説明してほしい、という趣旨の返答だった。
家庭で話すことは、もちろん大切だ。でも、子どもへ渡す学習端末の使い方を、家庭の注意だけで支える仕組みでよいのだろうか。
ゲームが完成することと、つくれるようになること
私は、AIを使うことに反対していない。むしろ、これからの子どもたちにこそ、うまく使えるようになってほしいと思っている。
大人の仕事なら、完成までの時間を短くできるのは大きな価値だ。私自身、その恩恵を受けている。ただ、学んでいる途中の子どもには、完成品を手に入れることとは別に、身につけてほしいものがある。
たとえば、ゲームのキャラクターが壁をすり抜けてしまう。どこがおかしいのか考え、条件を変えて、もう一度動かす。うまく直ったときに、「ああ、そういうことか」と腑に落ちる。
AIがその試行錯誤を助けるなら、心強い相棒になる。でも、エラーの意味を知らないまま完成版だけ受け取るなら、ゲームはできても、自分の理解は置いていかれるかもしれない。
私は、この違いを大切にしたい。成果物が立派になったことだけで、子どもが成長したと判断しないでほしいのだ。
AIを外したとき、何が残るかを調べた研究
この問いを考える手がかりになる研究がある。Bastaniらは、トルコの高校生約1,000人を対象に、数学の練習で使うAIの設計を比較した。
通常のチャット型に近い「GPT Base」を使った群は、練習中にはよい成績を出した。しかし、その後AIなしで受けた試験では、AIを使わずに練習した群より成績が低かった。一方、教師の知見を入れてヒント中心に応答する「GPT Tutor」では、同様の低下が大きく抑えられた。ただし、無補助の試験で対照群を上回る効果も確認されていない。[PNAS掲載論文・2025年]
これは、特定の高校・数学学習での実験だ。小中学生の発達全般や、すべてのAIの効果を決める結果ではない。それでも、「AIを使っている最中によくできた」と「本人が理解を身につけた」を分けて見る必要は、よく伝わってくる。
逆に、学習効果が高まった研究もある。Kestinらの大学生を対象とした物理の実験では、教育上の工夫を組み込んだAIチューターが、比較対象の授業より高い学習成果を示した。これも、汎用チャットを自由に開放した実験ではない。[Scientific Reports掲載論文・2025年]
AIだからよい、AIだから悪い。その二択では足りない。誰が、どんな支援を受け、何を学ぶのか。その設計を省いて導入を急ぐことに、私は違和感がある。
「家庭で言ってください」の前に、学校側でできること
日本にも、そのための考え方はすでにある。
文部科学省のガイドラインVer.2.0は、児童生徒の発達段階や情報活用能力に配慮し、リスクへの対策を講じて利用を検討するよう示している。教育委員会が制度設計や方向性を示すことも重視し、各校の実態を無視した一律の禁止・義務化は望ましくないとしている。[文科省ガイドライン]
大事なのは、先生一人に新しい技術の管理を背負わせることでも、保護者一人に監視を任せることでもない。学校・教育委員会・提供企業が、子どもに何を使わせ、どの学びを守るのかを共有しておくことだと思う。
あるサービスの入口だけを閉じても、別の入口から同じことができれば、目的に合った管理にはならない。製品名だけで線を引くより、「宿題を丸ごと代行できるのか」「ヒントにとどめられるのか」「どんな情報を入力してよいのか」を、実際の端末で確かめる必要がある。
なお、わが家で利用できた経路だけから、自治体全体の方針や管理設定まで分かったわけではない。問いたいのは、特定の先生や地域ではなく、このような状態に気づいたとき、誰が確認し、改善するのかという仕組みだ。
本文の編集提案。各主体に法的義務が一律にあると主張する図ではありません。
海外では、約束を契約に落とす動きもある
2026年9月9日、米国の教員組合AFT・UFTとMicrosoftは、学校向けAIの安全・プライバシー基準を発表した。学校側の制御、データ保護、保護者への分かりやすい説明などを、契約上の保護へつなげる取り組みだ。AFTの説明では、米国の学区がMicrosoftとの契約に取り込める仕組みになっている。[AFTの発表]
これは米国全体に適用される法律でも、すべてのAI企業が参加する共通ルールでもない。また、プライバシーを守れば学習効果まで保証されるわけではない。
それでも、「気をつけて使いましょう」で終わらせず、提供側と学校側の約束に落とそうとしている点は参考になる。
本文で提案した使い方の一例。学年・理解度・学習目標に応じた調整が必要です。
子どもが考える番を、残しておきたい
私なら、最初から何でもできるAIを自由に渡すのではなく、学び方と一緒に、使える範囲を広げたい。
最初は先生と一緒に、AIの答えにも間違いがあることを確かめる。「AIが言っているから正しい」ではなく、教科書や別の資料に当たり、自分でも説明してみる。
次は、授業に合ったAIからヒントをもらう。自分の解き方を先に出し、どこでつまずいたかを聞く。答えを写して終わる使い方とは、入口から変える。
そのうえで、制作にも使っていく。ゲームを生成したら、動きの一部を自分で変えてみる。「この条件を変えたらどうなる?」と予想し、試して、説明する。AIなしでもできることと、AIがあるから挑戦できることの両方を育てる。
これは一つの提案で、年齢や理解度、授業の目的に合わせた調整が必要だ。見直しができるよう、困ったときの相談先や、利用を止める手段も用意しておきたい。
子どもをAIから遠ざけ続けたいのではない。AIがある世界で、自分の頭で考え、自分の「つくりたい」を持てる人になってほしい。
AIが賢くなることと、子どもが賢く育つこと。その両方を目指すために、学習環境の側が先に準備しておくべきことがある。


